武富士のブラックすぎた末路!その後の倒産から現在までを追ってみた!

武富士のブラックすぎた末路!その後の倒産から現在までを追ってみた!

みなさん「武富士」(たけふじ)という消費者金融を知っていますか?憶えていますか?

知らないという方、以下のCMを見たことはありますか?

おそらく「見たことがない」という30代以上の方はまずいない、レベルで知名度があるものです。

このCM、これだけ見ていても何の会社かわからないですよね。ノリがいいイベント企業のようですが・・。

それでいいんです、だってこの会社は多額の消費者被害を出した消費者金融なのですから・・・。情弱を騙すためにこういうCMを作っていました。

しかし、ネタではなく様々な悪事が起き、この会社の所業によって様々な制度や法律が変わり、現在の貸金業や金融業から借入に多大な影響を及ぼしました。

今回は武富士という消費者金融のブラックさとその後の金融業界に及ぼした影響について考えてみたいと思います。

<この記事を読めば分かることはざっくりこれ!>

・かつて消費者金融のトップだった武富士という会社の歩みと転落について
・なぜ業過トップに立てたのか、内情ブラックだったことも合わせて理解できます
・武富士のやらかしが国内の制度改正に大きな影響を与えたことが理解できます
・「グレーゾーン金利」という悪徳業者をのさばらせた制度について知ります

武富士ってどういう会社だったの?

目次【移動できます】

「¥SHOP(エンショップ)武富士」として知られた武富士は、1966年に創業者武井保雄氏によって設立されました(当時は富士商事)。

小金持ちをターゲットにした「団地金融」

武富士は、高度成長期に都市部にできた団地住民を対象にした高利貸し(通称「団地金融」)で利益を上げながら、その規模を拡大していきます。要はサラ金最初期から事業を行っていて、企業を対象とした融資ではなく、一般市民、会社員にお金を貸して、高い利息を取るモデルです。

高度成長期に団地を購入できる、そこそこの経済力がある家庭(底辺は対象外)。しかし、子どもも多く、生活費やローンの返済に困っている専業主婦をターゲットにして、当座の資金を貸していました。

今でいうカードローンの需要をすくっていたことになります。専業主婦が多い時代でしたので、働いていないその人たちがお金を借りる方法が消費者金融くらいしかなかったのです。

当時は総量規制(年収の3分の1までしか借りられない)もなく、消費者金融をめぐる法的規制が緩かったことも良くも悪くも影響し、武富士はその勢力を拡大していきました。

CMでサラ金のイメージを刷新する

「サラ金」という言葉に代表されるように、ネガティブイメージしかなかった消費者金融を、上のCM(ジョー・リノイエ作曲の「Synchronized Love」)をバンバン流すことで、「ダンスをしているよくわからないけど躍動感がある会社」とそのイメージを書き換えることに成功します・

それまで、消費者金融(=サラ金)といえば、町の薄暗い路地裏にあり、反社会的勢力が運営していて、訳ありの人生追い込まれた人が身を隠しながら通う、そういうイメージだったのを、銀行のATMのように気軽に、ちょっとお金が必要な時に誰でも借りられるところ、に変えたのは良くも悪くも大きな功績です。

テレビのゴールデンタイムのバンバンCMを流すことで知名度を上げ、かつ消費者金融を世の中に認知される存在に変えていきました。

また、TVCM以外にもル・マン24時間レースへのスポンサーなど有名なイベントへ積極的にお金を出していきます。これにより、メディアや各界に「武富士シンパ」を増やしていきます。

メディアのスポンサーになれば、新聞やテレビも武富士に批判的な報道ができなくなります(本来それでは困るのですが・・)。芸能界や興行界、裏の世界も含めてネットワークを増やして、札束で叩いて黙らせる手法です。

絶頂期は今も残る3大消費者金融よりも売上が高かった

このCMは1991年~2003年まで放送されてましたが、絶頂期、2001年の消費者金融業界の売上は以下の通りです。

<2001年の消費者金融売上上位>

1位  武富士   4021億円
2位  アコム   3757億円
3位  プロミス  3596億円
4位  アイフル  2807億円

今、どこにでもある消費者金融3社の上に武富士はありました。つまり、武富士がそのまま存続していたら、現在の消費者金融や借入をめぐる状況は違うものになっていたはずです。

でも、武富士は倒産してしまったんです。

即日融資、スピード審査などを導入、お金に困っている人を助けた

今、多くの消費者金融で実施されている「即時融資」「スピード審査」などは90年代に武富士が先駆けとなって始めたサービスです。

ちょうどバブルが崩壊し、成金の中にもお金に困る人が出てきて、金使いを変えられない人は日銭に困るようになりました。そうした人のニーズをすくいあげたのが、本人確認と年収証明などですぐに融資をする即日融資のシステムです。

各地に自動契約機も設置し、これによって店舗に行かなくても借入の手続きができるようになったことも大きいです。

武富士設立~倒産までの年表

武富士の成り上がりから凋落までを表にしてみました。成りあがるためには裏で汚いことをしていて、それがバレて糾弾され、没落するというおとぎ話のような見事な転落劇と言えるでしょう。

年出来事

1966
武井康雄によって創業
1968
法人化「有限会社武富士」
1974
株式会社化「株式会社武富士」
1980頃
売上消費者金融業界1位になる
1991
例のダンスCM放送開始
1996
店頭(JASDAQ、現在のジャスダック)市場公開
1998
東証一部上場
2000
ジャーナリスト宅盗聴事件
2001
青森支店強盗放火殺人事件、CMを自粛
2002
経団連加盟
2003
武井康雄会長逮捕
売上業界1位の座から転落
2006
グレーゾーン金利違法支払い判決、資金繰り悪化
2010
会社更生法適用申請、事実上倒産
上場廃止
2012
債務の支払いを行うため「TFK株式会社」に商号変更
2017
更生手続き完了、TFK株式会社清算、武富士完全消滅

問題が表面化してもなお拡大路線を続けていましたが、訴訟を提起されたことと、銀行強盗による放火殺人事件で一気にイメージが悪化し、それをグレーゾーン金利過払い訴訟が止めを刺した感じになります。

武富士ブラック伝説5選

ワンマン社長による拡大路線は、某居酒屋チェーンや某衣料品チェーンと同様、ブラックな経営、ブラックな職場環境と表裏一体であり、武富士にも数々のブラック伝説が残っています。ここで紹介したいと思います。

やはり、「サラ金」のイメージ通り、反社会的な環境だったようです。

創業者の神格化

ワ〇ミなどと同じように、こういう成り上がり企業の場合、創業者を新興宗教の教祖のように崇めることがよくあるのですが、武富士もご多分に漏れず、武井社長を神格化していきます。

出勤・退勤時に、各店舗にある武井社長の写真に向かって頭を下げ、、ボーナスや昇給の際には、社長だけではなく社長の妻にまでお礼の手紙を書いた(書かないと大変なことになる)と言われています。

社長の言葉の暗唱や、社訓の絶叫など、まぁ典型的なカリスマ経営者のブラックな雰囲気がそこにはありました。

日常的なブラック労働

そんな会社ですから、当然社長に気に入られないと出世はないですし、そのためにはサービス残業、過重労働や休日出勤も常態化していきます。

日常業務であるはずの債務者への督促はすべて業務時間外(サービス残業)、駅前のティッシュ配りも業務としては認められていなかったようです。

朝は日が昇る前に出社、終電まで帰れない過重労働、要は借りたくない、借りる必要がないお客にもお金を借りさせるわけですから、社員の時間をタダ働きさせて埋め合わせるしかありません。

また、こういうワンマン経営者にありがちな、意味不明の経費節減策や精神論もあり、「コピーは奇数階だけに置け」など奇妙な社内ルールもありました。

パワハラ上等の社員への恫喝

スルガ銀行で行われていたような社員へのパワハラも日常茶飯事です。社長の一存ですべてが決まる会社ですから、他人を蹴落として、他人に罪を擦り付けて武井の寵愛を受けることが第一です。

したがって、結果を求められる支店長クラスは、部下を怒鳴りつけ、恫喝して「件数取ってこなかったら死ね!」みたいなことを平気で言います。

部下へ「風俗へ行ってこい!」などセクハラまがいの言動も日常茶飯事であったようです。

そんな環境が健全なはずはなく、どんどん心身を病んで辞めていき、補充ではいる人も同じように・・という負の連鎖になってしまいます。

借主への恫喝、脅迫も日常茶飯事

そんなプレッシャーを与えられている部下は、契約を取り、債務を回収するために(利息を払わせるために)違法な手段を厭わなくなります。

・深夜に電話をかけて督促する(もちろん社員は会社から・・)
・怒鳴る、脅迫する
・「自殺して保険金で返せ」「腎臓を売れ!」
・子どもの学校で待ち伏せして「この子の親は借金を返しません!」

これらは、取り立ての手段として現在は認められてませんが、当時は規制が緩かったこともあり、武富士では日常的に行われていました。もちろん、暴行や脅迫は当時であっても立派な犯罪です。

社員の中には「契約を取った人が返済できない場合社員の自分が肩代わりします」的な制約書を書かされた人もいるようです。

こうなると、社員も債務者(借主)も徹底的に追い詰められます。当然、自殺を選ぶ人も少なくありませんでした。

一族経営でコンプライアンスが成り立たない

武富士は株式を上場していましたが、武井、その妻、妻の会社で90%以上の株式を保有していました。

つまり株主総会を開いても、10%に満たない株式しかない一族以外の株主は経営責任を追及できません(発言権は株式の割合に応じています)。

創業一族に逆らうものは容赦なく粛清されるので、されも武井のワガママ独裁経営に文句が言えなかったのです。

これらのブラック要素があのCMをやっていた当初は表面化しませんでしたが、徐々に勇気ある告発や被害者の訴訟などによって明らかになっていきます。

成り上がりが金と権力を持つと歯止めが利かなくなる、という良い教材だともいえるでしょうね。

一方で、30歳代のうちから年収1000万円を超える人もいて、結果を出せば(合法ではない手段でも)、それなりに報いられたと話す人もいます。もちろん、宗教的超パワハラ組織なので、それまでに精神的にやられる人が圧倒的でしたが、金払いは悪くなかったようです。

武富士倒産の経緯

このような武富士のブラックさは、一部の人は気付いていました。しかし、それに対して謙虚な姿勢ではなく「強行突破」を図ろうとして、武富士は倒産への道を歩むことになります。

批判的意見の弾圧、訴訟を逆に起こす

2000年に武富士の闇を書こうとした雑誌、ジャーナリストに対して盗聴器を仕掛けて、恐喝のネタにしようとします。実はこれは武井会長の指示によるもので、武井会長自身も逮捕されてしまいます(ジャーナリスト宅盗聴事件)。

普通はここで完全降伏するのですが、「闇はウソだ、名誉棄損だ!」と逆に威圧的な裁判、恫喝裁判を起こしてしまいます。結果は武富士の完全敗訴、訴訟の名を借りた威圧的な姿勢が大いに非難されてしまいます。

「武富士はヤバい」というイメージがこれで一気に広まります。

息子への生前贈与、課税逃れ疑惑

武井保雄は長男の俊樹氏に1999年、1600億円を生前贈与しました。通常、贈与税がかかるわけですが、当時の法律では海外居住者への贈与は非課税で、俊樹氏は当時香港在住でした。

つまり、税金を払わずに財産贈与に成功し、それが(やっかみもあり)「課税逃れだ!」と指摘されました。

国税から追徴課税を含めて指摘を受け、贈与税を支払ったものの、それを不服として裁判を起こし、何と武井家族側が勝訴し、加算金を含めて2000億円を手にしてしまいます。

1600億円贈与→課税逃れ指摘、追徴課税→裁判→2000億円をゲット

贈与しただけで400億円も儲けてしまったのですが、さすがに法の抜け穴をついたと言われ、一族経営のブラックさを補強する結果になってしまいました。

青森支店放火殺人事件

2001年、青森県弘前市にある武富士弘前支店に強盗が押し入り、ガソリンをまいて放火、社員5名を殺害する事件が起きます。

犯人は武富士で借金していて・・というわけではなく、他の消費者金融で借金があり、追い込まれて、銀行強盗を考え付き「今まで行ったことがない武富士ならば顔が知られておらず強盗が成功するだろう」と思ったようです。

武富士の対応に落ち度はないのですが、こういう放火事件によくあるように、店舗に非常口がなく、防犯訓練等も行われていなかったことから多くの社員が逃げ遅れて犠牲になりました。

この事件で武富士は、ダンスCMの自粛を余儀なくされ、イメージ悪化に拍車がかかります。同情で客が増える類のものではないですし、逃げられない雑居ビルに寿司詰めされるという印象を与えてしまいます。

ちなみに犯人は死刑になり、2014年に執行されました。

利息制限法と出資法の問題

武富士が隆盛を極めた1990年代~2000年代初頭にかけて、消費者金融の融資には似たような2種類の法律「利息制限法」「出資法」というものが貸付を規定していました。

・利息制限法→貸すときの金利は15%~20%までOK(貸す金額に応じて変化)
・出資法→貸すときの金利は29.2%までOK

お金を貸すときの金利に2種類の別の法律があり、それぞれ利率が違うというのも変な話ですが、当然消費者金融の多くは出資法の29.2%まで貸付利息を高めます。

例えば金利25%の場合、利息制限法違反ですが出資法違反ではないので、罰則がなく実質フリーパスだったのです。20%より高く29.2%までを「グレーゾーン金利」といい、この非常に高い金利によって借入した人は苦しんでいました(人生崩壊、自殺する人多数)。

金利が高ければ儲けも大きいわけで、武富士もこのグレーゾーン金利ギリギリで多くの人にお金を貸していました。

ちなみに、29.2%以前の出資法の上限金利は、何と40.004%(!!)という無茶苦茶な金利でした。40%の金利を設定しても合法という恐ろしい世界だったんですね・・。

グレーゾーン金利訴訟(裁判)

そんな中で、2006年グレーゾーン金利は違法であるという最高裁判決が出ました。最高裁がNOと言ったのですから、これは司法の場では絶対的な基準になります。合法なのは金利20%までになりました。

これにより

20%~29.2%までの利息を支払っていた人は、その差額を取り戻せるようになりました。過払い金請求訴訟が相次ぎ、武富士を筆頭に各消費者金融は請求された差額を支払わなければならなくなります。

つまりこれまでの儲けが一気に飛び、損失を計上、負債を抱えることになります。これにより、経営が悪化していくことになります。グレーゾーン金利の利息を借入主に貸す原資に充てていた武富士は、資金繰りが大幅に悪化してしまいます。

過払い金請求は、弁護士にとっては確実に「勝てる」イージーゲームであり、今の残業代未払い請求のように、債務者に群がり、消費者金融からハイエナのように過払い金利息をせしめていきます。

消費者金融は対抗する手段を持たないので、訴訟が起こされれば過払い利息を支払うしかなく、一方的にボコられることになります。

銀行と提携していない独立系で資金援助の方法がない

資金繰りが悪化した武富士ですが、困った時に助けてくれるパートナーがいませんでした。

今の消費者金融は

プロミス⇔三井住友銀行
アコム⇔新生銀行

など、銀行と提携し、系列となっているところが多いのですが、武富士はどこの銀行とも提携していませんでした。もし、銀行と提携していれば倒産前に何らかの資金援助等を受けられたかもしれません。

独立系を貫いたのは、一族経営、独裁経営に武井がこだわり、外部から経営者を招きたくなかったからだとも言われています。銀行と提携すれば、役員に銀行からの天下りが来ますから、そういう外部の血を入れたくなく、純血主義にこだわったのでしょう。

それが、困った時に誰も助けてくれなかったことにつながっていきます。

そして、2009年には融資ができなくなり、翌2010年「会社更生法」を申請し、事実上倒産してしまいます。

武富士倒産が及ぼした消費者金融業界への影響

武富士が倒産したことで、様々な影響が出ました。いくつかまとめてみます。

利息制限法と出資法の上限利率の統一、グレーゾーン金利撤廃

グレーゾーン金利の原因となっていた、利息制限法と出資法の上限金利が統一されました。具体的には低い方に統一され、両法律の上限金利が20%になりました。これでグレーゾーン金利」というあいまいな状況がなくなり、客をだまして利ざやを稼ぐことができなくなりました。

20%以上の金利を設定するところは漏れなく「違法」となり、ヤミ金融とみなされてもおかしくなくなりました。現在では、もちろん、20%を超える金利の部分は違法、無効となります。

消費者金融の整理統合

消費者金融で倒産したのは武富士だけではありませんでした。より体力の弱い中小の消費者金融は一連の逆風に耐え切れず倒産していきます。

そして、淘汰され、銀行のように整理統合の末

・アコム
・アイフル
・レイク
・プロミス
・SMBCモビット

の大手5社に収斂していくことになります。わかりやすくなり、怪しい闇金とそうでない健全経営のところがわかりやすくなりました。

テレビCMの制限、規制

冒頭の武富士ダンスのCMもそうですし、このアイフルのCM(くぅ~ちゃん)もそうですが、消費者金融のリスクやどういうシステムなのか、金利が高いことなどデメリットを言わずに「なんとなくイメージがいい」戦略のものが2000年代に増加しました。

しかし、リスクを理解できない人がCMに釣られて借入をして、返済できず自己破産や自殺などに追い込まれるケースが後を絶たず、武富士の業績悪化と連動するようにテレビのゴールデンタイムに流せなくなりました。

午前7時~9時と午後5時~10時までは消費者金融のCMは放送できなくなり、それ以降の午後10時~深夜0時までの時間のCM件数や各社の総CM上限を月間100本までに制限することなどの自主規制を打ち出さざるを得なくなりました。

「ご利用は計画的に」から「契約内容をよくご確認ください」「収入と支出のバランスを大切に」などもっと直接的な注意喚起の文言も加わるようになります。

武富士の倒産は消費者金融業界全般にとって厳しい逆風で、生き残りをかけて様々な取り組みをせざるを得なくなりました。

消費者金融借入の「総量規制」

武富士の倒産とは直接関係ありませんが、武富士のイメージ悪化の原因となった「返済できない額の借入」を防止するため、2006年に貸金業法が改正され、年収の3分の1を超える借入ができなくなる「総量規制」が導入されました。

これによって、そもそも年収がない専業主婦やニートの消費者金融からの借入がかなり難しくなりました。返済できない人はそもそも借入できなくなったわけで、それによって消費者金融もそういう人に貸して利ざやを稼ぐことができなくなりました。

消費者金融からの借入は、これらの流れによって以前よりも厳格な審査と規制が行われるようになりましたが、代わりに総量規制等が適用されない銀行系のカードローンが隆盛になってきたのは皮肉なことです。

当所、団地金融として武富士がターゲットにしていた需要は50年以上経っても変わらずにある、という事実はよく知っておく必要があるでしょうね。

武富士の現在は今・・・

上で書いたように、武富士は2010年に倒産し、債務整理を引き継いだTFK株式会社も2017年に清算、法人格が消滅しています。

もはや、武富士であったものはすべてこの世からなくなっているともいえるでしょう。いや、まだ残っているものがあります。そう、武富士時代に借入した人の債務、特にグレーゾーン金利の債務です。

グレーゾーン金利の過払い金請求時効は10年だが・・・間に合わない!?

グレーゾーン金利は違法、無効になり、20%~29.2%の間の金利は過払い金返還請求ができます。しかし、物事には時効があり、この過払い金返還を求める権利も時効があります。

その時効は最後に取引した時から10年です。グレーゾーン金利で利息を支払い、完済した人も完済した日から10年は法的には取り戻せます。武富士が融資を行っていたのは、2009年くらいまでなので、それまでに借りた人はグレーゾーン金利分が上乗せされています(グレーゾーン金利撤廃は2010年)。

しかし、そうした債務を清算するTFK株式会社がこの世にはなく、弁護士等に依頼して訴訟を起こしても、請求する会社がないんです。

武井一族に請求する手もありますが、費用対効果が悪すぎで、元を取れません。取り返せる過払い金よりも弁護士報酬の方が高くなってしまいます。

実際には武富士に違法な利息を請求する権利はあっても行使ができない、という詰んだ状態にあるので、本当にご愁傷様としか言いようがありません。

創業者はいま・・

創業者の武井保雄会長は、2003年の盗聴器の事件で逮捕されますが、「懲役3年 執行猶予4年」となり、執行猶予が付いたので刑務所入りを免れます。そのまま2006年に亡くなってしまい、武富士の最後を見届けることはありませんでした。

一族経営をしていた息子たちも、現在は表に出ることはなく、ひっそりと忍び難きを忍んでいると言われています。

結局、悪徳創業者一族は誰一人刑務所に入らず逃げ切った、という何とも言えない結末となっています。騙されて高利で借りる方が悪いのでしょうか?でも、武富士の所業によって、多少なりとも消費者金融をめぐる規制や法制度が整備されたのもまた事実です。

他山の石とすべきことが多すぎる会社であったことを忘れないようにしてください。

武富士のブラックすぎた末路!その後の倒産から現在までを追ってみた! まとめ

・武富士は創業者が一代で築き上げた成り上がり消費者金融
・派手なCMや芸能界等とのコネで「サラ金」のマイナスイメージを払拭していった
・その一方でワンマンブラック恫喝経営で社内は無法地帯と化していた
・相次ぐ裁判や殺人事件などをきっかけに社会から敵視される存在に
・銀行と提携しなかったことがあだとなり資金繰りに困窮して倒産
・借主から巻き上げた法外な金利ももはや返還請求できなくなってしまった
・武富士の所業によって様々な規制や法律改正など消費者金融をめぐる状況が変わった
・武富士は債務清算のための後継会社も含めてこの世から消えた

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